旅好きの皆さん、こんにちは。
四国のakiponです。



古いパスポートがひょっこり出てきました。
自分のものではなく、父親の。
BlogPaint

父は無線通信士で
私が幼い頃には、地元の無線局で
遠洋漁船と連絡を取る仕事をしていました。
沖に出る船は
海と陸と双方の通信士なしでは動けません。
パソコンなどなかった時代の話。
その免許証も挟まれていました。
BlogPaint

私が中学生の頃に父は局を辞め
遠洋漁船に乗り始めました。
一度出港したら1年以上戻らず
帰国したら1~2ヶ月自宅で事務的な仕事をし
また海に出る、そんな生活になりました。

そしてある時、航海中に体調が悪くなり
寄港地から飛行機で急きょ帰国
1ヶ月入院した後に亡くなりました。
その時、私は大学生。
20才になった4日後のことでした。

とても貧しい環境で育った父ですが
非常に勤勉で、
独学で通信士の最上級の資格を取り
大型客船の仕事をしたいと
航海士の勉強をずっとしていました。
まだ小さい弟たちが家で騒ぐ中で
ひたすら机に向かっていた姿が記憶にあります。
そしてまた、娘にだけは甘い親で
私は叱られた覚えがありません。

父がいなくなってからは本当につらかった。
進路のこと、仕事のこと、結婚のこと
なぜ今相談にのってくれないのか
なぜアドバイスをくれないのかと
どれだけうらんだか分かりません。
でも、昔も今も父のことが大好きです。

そんな父親のパスポートが出てきました。
ずいぶん前に母からもらったもの。
引き出しの奥に入れてすっかり忘れていた。

今日、ふと目に留まって
こんなところに置いていたのかと
パラパラとめくっていたら
猛烈に泣けてきました。
ちょっと落ち着いたところで
今、気持ちを整理しながら書いています。



父のパスポートは
私が実家を離れて大学生活中だった
1984年(昭和59年)に更新されたものでした。


押されたハンコは少しだけ。
南アフリカ共和国のビザがありました。
当時の遠洋漁船は、補給のために
ケープタウンによく入港していました。


入出国印を見ると
85年にラス・パルマスにてスペインに入国
同じ日にマドリッドから出国。
_20190714_160901

更に同じ日付で、英国のヒースロー。
_20190714_160752
この翌々日の日付で大阪の入国印がありました。
スペインからイギリス経由で
日本に帰国したということみたい。
関空ができる前なので、伊丹です。
これは父のイレギュラーな仕事の時のもの。
ごくまれに通信士が途中で交代することがあって
(父の最期もそうでしたが)
そんな時には、飛行機で寄港地に行ったり
そこから帰ったりしたようです。


そして、その翌年の成田空港。
体調不良で帰国した時の印です。
_20190714_161004
何冊もあったパスポートの
これが、最後の印。
7月11日に帰国してそのまま入院し
8月13日に他界しました。


私にはあの世のことなど分からないし
父が私を守ってくれているのか
他の誰かに生まれ変わったのか
それとも全く違うどこかに行ったのか
検討もつきません。
むしろ、人は必ず死ぬものだからと
死に対してはドライな方だと思います。
お墓参りも不真面目です。

でも
ラス・パルマスという街に行きたくなりました。
行ったことがないスペインの港町。
どこにあるんだろうと調べてみたら
あれれれれ…
スペイン領ラス・パルマスとは
アフリカ大陸モロッコ沖の
カナリア諸島にあるらしい。

そしてまた何と!
昨夜見たコメディ映画の舞台が
偶然にもカナリア諸島でした。
(「素敵な遺産相続」 面白かった)


ラス・パルマスからマドリッドに行き
ヒースロー空港を経由して日本に帰る。
元気な頃の父と同じ空を飛んでみる。
そんな旅がしたくなりました。


パスポートと無線従事者免許証
BlogPaint
左は父のもので、右は私のです。
私の無線従事者免許は
更新してなくて使えないけど
パスポートはバリバリ現役。


ラス・パルマスに行こう。
今、決めました。

ちょっと遠いね。
これからいろいろと調べてみます。
行く時には必ず旅レポします。


では
すてきな一日をお過ごしください

今日も読んでくださってありがとうございます。



yinstagramiconondeclaus88
インスタグラムも見てね!


ブログランキングに参加しています 

にほんブログ村


人気ブログランキングへ 


にほんブログ村